「今日は学校でいろいろなことがあったよ」


「今日は部活は試合形式でやったんだ。疲れたな」


「父にまたより勉強も部活も頑張れと言われてしまったよ」


「ああ、そうそうあの子が今日もたくさん笑ってたんだ。彼女の笑顔を見るだけで、俺も嬉しくなる」


 わたしは黙って征十郎さんの話を聞いている。というか返事をしたところでそれは征十郎さんには何も伝わらないのだから意味はない。
 征十郎さんはいつもわたしの世話をしてくれ、そのときにいろいろな話をしてくれる。学校のこと、部活のこと、お父様やお家のこと、そして、幼馴染の女の子のこと。征十郎さんはいつも柔らかい表情をしているが、彼女の話をするときは一層柔らかく穏やかな表情をしている。彼女の話をするときが一番楽しそうだとわたしには見える。
 わたしはいつも思う。征十郎さんは彼女のことが心底好きなのだと。そして思う。わたしは悲しいと。
 わたしは彼のことが好きだ。いつも優しくて、何でも話してくれて、わたしを愛してくれる、彼のことが大好きだ。大好きなのに。征十郎さんは彼女のことが一番大切なのだ。


「どうした?そんな悲しそうな目をして」


 わたしが暗い表情をしたのをどうしてか察して、征十郎さんが心配して声をかけてくれる。いつもの柔らかい表情を崩して、眉根を寄せてわたしの顔を覗き込む。
 征十郎さん、わたし悲しいのよ。あなたがあの子のことを好きというだけでも悲しいのに、そもそもわたしは人間じゃないからあなたに思いを告げることも、何も許されていないことがとてつもなく悲しいの。姿かたち、言葉、何もかも違うのに、どうしてこの恋が叶うのであろう。わたしも人間であったら。そしたらあなたに思いを告げられたのに。もしかしたら叶ったかもしれないのに。


「そんな目をするな。そんな声を出すな。俺まで悲しくなるだろう」


 わたしの顔に触れ、征十郎さんは悲しそうにそう言う。
 ああ、この人は。わたしの思いを知っているのか知らないのか。その言葉はずるい。そう言われたらわたしは元気に振る舞うしかない。
 わたしは、少なくとも征十郎さんに思われている。おそらく彼女が知らない征十郎さんのこともたくさん知っている。そのわずかな優越感だけでいいから、持たせてほしい。この思いが叶うことはないだろうけれど、それでも、


「俺はお前と過ごす時間がとても好きだ。心が安らぐ。だからそんな悲しそうな顔、しないでくれ」


 そう言って、征十郎さんは穏やかに微笑む。
 あなたがわたしと過ごす時間を大切にしてくれるから、わたしはそれだけで十分に嬉しい。わたしもあなたと過ごす時間が何よりも好きで、楽しみで、心が弾む。
 もし人間だったなら、などやはり考えないわけではないが、それでもわたしは。わたしが人間ではないからこそ知ることのできる征十郎さんがいるし、征十郎さんにしてあげられることがある。
 征十郎さんを背に乗せてわたしは走り出す。あなたを背に乗せて走っているときが一番幸せだ。この思いは叶わないけれど、わたしはあなたと過ごせる時間をこれからも大切に大切に過ごすわ。


ちいさくてただ儚い



(140902)
title:金星さまより


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